風の妖精  (北八ヶ岳の物語 )

 蓼科山って知っていますか? 歩絵夢の後ろにある、丸いやさしそうな山です。 女神の山と言われ、この山の山麓(さんろく)を通る道を、ビーナスラインと言います。 八ヶ岳は、山々の総称で、南北に分かれていて、北八ヶ岳には北横岳、縞枯山、茶臼山そして蓼科山などがあり、それぞれ女神が住んでいます。
そして、南八ヶ岳には、それぞれ男神達が住んでいます。
  

 さてさて、蓼科山には、女神の(むらさき)と一人の妖精の(こう)が住み、天上の神であるアルビオンから、季節のいろどりをまかされています。 今回はこの香の後に着いて行きましょう。 蓼科高原の風には色があって、毎日変わります。 今朝は透明感がある黄色で、雪の白さを、より柔らかく感じさせてくれます。 そんな森の中に香がやってきました。 風を運ぶ妖精には、羽がない代わりに風を上手にあやつって、軽々と自由に飛び回る事ができます。 妖精たちは、森にできる小さな虹の雫(しずく)を飲み、森の木々や草花に風を吹きかけて、森を育むのです。 そのおかげで草木は青々と茂りましたが、蓼科の森の豊かさに、鹿やうさぎ達があちこちから移動してきて、増えてしまいました。
すると、草木が減りはじめ、香は女神の紫に助けを求めました。

 
は少し小太りのせいか、機敏な動きができませんが、その分気立ては優しいのに、あれれ近頃ようすがおかしい・・・。 香の話も上の空、とても相談になりません。ガッカリした香は一人、寝る間も惜しんで、森創(つく)りに精を出しましたが、鹿達の食べるスピードについて行けず、働きすぎてとうとう身体が透け始めて来たのです。 これは命が危うい!!     

 は、南八ヶ岳の赤岳(主峰)に住む男神のに、一目ぼれをしてしまい、まだ自分の森の妖精の危機(きき)に、気づいていません。 森はどんどん荒れていきました。 それまで紫は、生まれて一度も化粧をしたことがありませんでした。 それが、どうでしょう! あちこちの女神達の所に押しかけては、陽の事を聞きまくり、ベタベタと化粧までし始めました。
 
 れから数日後、女神や男神達が100年に一度、天主様に招かれて天上に集まり、素敵な出会いをかなえる、ツインスターの日がやって来ました。紫は今までいつも取り残され、さみしい思いをしてきましたが、今年はどうしたことか、陽の方から話しかけてきたのです。 その瞬間、紫の心臓は、秋刀魚を焼く時のウチワの如く、鼻息は蒸気機関車の煙を上回り、一言の会話もないうちに、ついには目を回して気絶してしまいました。 折角のチャンスを逃した紫?? 気がつくと目の前に、陽と天主アルビオンが心配そうに立っていました。 アルビオンは、優しく言いました。「気がついたかのー? 先ずは、化粧を落してきなさい。お前は素顔が一番すてきなんじゃから。」そう言われて、落ち着きを取り戻し、いつもの紫に戻ってきました。 「陽がお前を心配してのー、ワシに相談しに来たんじゃ。蓼科の森が、死かけているとな。早く帰って香を助けないと、取り返しがつかん事になるぞ!」 紫は慌てて戻り、森中探しまわって、やっと大きなモミの木の穴の中に、横たわる香をみつけましたが、すでに身体の半分以上も透けてしまっていました。 紫は自分のおろかさに気づいて、大粒の涙を飛びちらせて、香に謝りました。紫は香を抱きかかえて、陽の所に飛んで行き 「どうか香を助ける術(すべ)を、お教え下さい。私が生まれた時からズーッと私を支えてくれた、この子を死なすわけにはいきませんお願いします。」    「わかりました、アルビオン様から貴女が来たら、スリームーンの所に案内するように言われています。サー!私に乗って下さい。」 そう言うと、オオワシに姿を変えて飛び立ちました

 スリームーンは赤岳の麓(ふもと)の鏡湖にいます。 雷に撃たれてひび割れした、大岩のホコラの入り口には、門番が立っています。 門番は夜鳴き豚の我樹丸(がじゅまる)と言い、辺りを警戒しています。 我樹丸の武器は泣く事、泣き声を聞かされたら次の夜まで目が回り、気分が悪くて、とても立っていられません。大きなホコラの前に着いた陽は、元の姿に戻り「オーイ!我樹丸、陽と申すが、アルビオン様の使いでまいった。扉を開けてくれ。」 「オー、そんなら、アルビオン様から言われた物を見せてけろよ。」 鹿の角で作った笛を見せてから、“赤岳の月”と言う曲を吹いてみせました。我樹丸はたいそう気に入り、ホコラの扉を開けてくれました。 ホコラの中にはスリームーン(三人の月)がいます。 マッサン(いつもニコニコ顔)のギターリスト、ゲーナ(絶えずしかめ面)のドラマーに、ミサリオン(眉毛が下がり泣き顔)のケナー奏者。 この三人の月が、月を讃えるメロディーを奏でると、妖精達が癒され、病気が治るのです。 
香を見たスリームーンは、「おやおや!これ程重症の妖精は、はじめてだ。これは、空飛ぶ猫の癒歌(ユッカ)を呼ばなくてはなるまいぞ、オーイ我樹丸!」 ゲーナは我樹丸を呼び、癒歌をつれてきてほしいと言いました。 我樹丸はいそいで鏡湖に飛び込みました。  スリームーンが月明かりのもと、演奏を始めました。 鏡湖の周りに、星がまばたきはじめたころ、やっと湖の中から我樹丸が、癒歌(ユッカ)を乗せて、飛び出て来ました。「間にあいましたか?」と癒歌はいきを切らせながら、スリームーンにたずねます。「だいじょぶ、後はまかせなさい」とマッサンがうなずきました。

 癒歌は不思議なちからで、鏡湖だけに降る雪の結晶を集める事ができます。 この結晶は、何でも元にもどすことができて、香にこの雪の結晶をふりかけると、少しづつ元気を取り戻し始めました。 紫のうれし涙は、月明かりにキラキラひかり、止まることを知らないほどです。 いきなり、癒歌が飛び散る涙をかき集め、その姿が皆の笑いを誘います。けれど、この涙こそが最後の仕上げには欠かせません。 真実の涙と雪の結晶を、ミサリオンが代わる代わるにかけると、消えかけた体がよみがえってきました
何日かが過ぎ、香がすっかり元気を取り戻すと、紫は蓼科の森じゅうの鹿やウサギ達を集めて、「これから12回満月が巡ってくるまでは、子供が生まれないようにしましょう。 みなが増え過ぎ、森が死んでしまわない為です。」 良い事はこれだけではありません。紫は香を探す時、体の半分の量の汗をかいたので、スリムな身体になり、香の元気な姿に思わずニッコリ微笑むと、かわいいいエクボができました。この魅力的なエクボに、陽はすっかりとりこになっています。

 冬の時期、樹氷作りに余念がない香は、青空に溶けて人間には見えません。 元気がほしい方は、蓼科に来て、香が作る素晴らしい樹氷と、透きとおる風を感じてみませんか? 今日は何て綺麗なピンク色の八ヶ岳でしょう! そう、これは昨日風に乗って八ヶ岳の妖精達が、次々と諏訪湖に集まり、諏訪湖の水で雪雲を作って八ヶ岳に雪を降らせました。 御嶽山に夕日が沈み、真っ赤に燃え始めると、その照り返しが雪を抱いた八ヶ岳に届き、青みがかかったピンクのグラデーションになりました。 きょう最後の青空に、それがひかり輝きました。 
香が元気になったお祝いにと、妖精達からの贈り物です

 
 今
は雪雲が去り、少し寂しいですが、残雪があちらこちらに残る車山高原の踊り場湿原は、周りをアルプスに囲まれ、今でも妖精達の遊び場のように光り輝き、私の大好きな場所の一つです。ここの素晴らしい生命の風を皆さんに送ります。 そっと目を閉じて風を感じてくれたなら、うれしいです。
                                     読んでくれてありがとう。
                                            2005・4・14  千夜 彦一より