風にのって 春の便り2

 
  2001年4月

 雪から雨に変わり、花粉が大量に舞う季節になりました。  花粉症の方にとっては、苦手な時期になってしまいますが(私は花粉症歴8年)、芽吹きの素晴らしい季節です。 歩絵夢の庭にできた小山の残雪越しに、そよぐ風に、春の匂いを感じ、生命の息吹きの鼓動が伝わる気がします。皆様いかがお過ごしですか?
お変わりありませんか?

 庭の餌台に、最近二羽のムクドリが顔を見せ、他の鳥達を追い払い、餌の独り占めです。もっとも、同種でも力の強いものが同じ事をします 。シジュウカラの仲間達、そしてアトリの仲間達でマヒワ、カワラヒワは常連で、時々ハギマシコとシメがやってきます。一番の人気者はウソで、雄のフィールドマーク は、喉が赤色でブンチョウに似ています。 イカルは数が少ないけど、二番目かな? 別名マメマワシと言うくらい豆が好物とか!くちばしが黄色で体は灰色、三番目がアトリで、それぞれがなかなか綺麗な烏達です。

 綺麗と言えば鳴き声は最悪、それもその筈で、カラスの仲間のカケスがいます。 フィールドマークは、ハトより少し小さいが、翼に白と黒に明るい青と黒のストライプ、すこし目つきが悪いけど、そんな彼ら達を一日中見ていても飽きないのは不思議です。

 さて今回は、私が24才頃に洋犬に興味を持った時の話です。当時で40万〜100万円のセントバーナードが欲しくて、何とか手に入らないものかと調べるうちに、雑誌の広告に『バーナードの仔犬譲ります。』 早速、電話をして住所をたよりに父母の三人で出向きました。 いたいた、12匹の中からどれにすれば良いか解からず、相手の方に『初めて洋犬を飼うので教えて下さい。』 とお願いすると、快く選び方を教えてくれました。

 
 私の予算は確か35万円で、ざっくばらんに予算の話や、庭の広さと回りの環境など話すうちに、「君もブリーダーにならないか!」 と言われ、家の奥からもう一頭の仔犬を持って来て、「これは特別な仔犬だよ、勿論値段が張るが条件が合えば君にゆずるよ。最初の仔犬の中の一頭と、この特別な仔犬で35万円でどうですか?』 そして条件とは? 一回目の交配と手数料だったので、即OK。 


 当時ゲインズのドックフーードは高価で現在のような種類が無い状況でした。 私の所では船便で買い付けるので、ドックフードも安くしてあげますよ。』 と言われて気分最高の一日だったのを覚えています。反面、いっぺんに二頭の雌の仔犬を飼う事は考えていなかったので、嬉しさと不安が交差したのを、今でも鮮明に覚えています。

 
 ヌイグルミが飛び回る、そんな感じで半年近く経った頃に、ドックフードを買いながら、仔犬の状態を見てもらいに出掛けました。 その時にカルシウム注射の打ち方と、鶏の頭を煮てクチパシを外し、ドックフードに混ぜ与える方法を教わりました。 帰る頃には訓練師を紹介され、[ブリーダーやるなら、展覧会に5回は出場させて、チャンピョンの資格を取りなさい、それにハンドリングも必要ですよ。』と言われました。


 そんな訳で一人で始めてみたものの、 待て(30分はその場にじっとしていろ)止まれ.並み足と早足、その他に四種類程教え込むのは、とても難しく、訓練師に何度となく助けてもらいました。 メリーとペニーと言う名前を付けて、四回目の展覧会は、世田谷馬事公園で行なわれ、気の強いメリーを何とか落ち着かせながら帰ろうとした時でした。


 目の前を馬が通り過ぎた次の瞬間に、事もあろうか! メリーは馬に向かって突っ走り、私は西部劇に出てくるスタントマンのように引き摺ずられ、その内に手綱は切れて呆然と立ち上がる。超大型犬の瞬間のパワーに惨めさを感じる暇もなかった。メリーは相手が自分より余りにも大きいので、諦めて帰って来ると埃まみれの私の顔をデカイ舌で一舐めし、何事もなかった顔をしていました。

 五回目は、二頭とも産後すぐの展覧会で、会場は玉川高島屋の屋上でした。  そこで、セント・バーナード雌犬の部で、メリーは一位になり、特大のトロフィーに盾やら賞品を山のように貰いました。以前よりメリーは審査員の方から誉められていましたが、訓練師さんのお陰でしょうね。これで晴れて二頭はチャンピョンになれ、メリーはグランドチヤンピ ォンになり、生まれた仔犬達もチャンビォンの子供として高く売れました。

 
 そうそう、お産は二頭が同じ日に重なり、訓練師にしっかりと教えられてはいましたが、母と私は不安でドキドキものでした。犬舎を半分づつ仕切り、ミルクを飲ませたりお腹を摩ったり、気を落ち着かせるのに一苦労。


 気持ちの優しいペニーが先に出産したお陰で、随分と助かりましたが、最後の仔犬が生まれたのは三日目でした。13頭ずつ生まれたのでこの日から半月間は3時間ごとの人口ほ乳に明け暮れ、やれ母乳だ排泄にゲップだの、忙しさと睡眠不足でもうこっちの方が駄目だー。二週間は長かったが父と母の助けで、乗り切る事ができました。 仔犬達はドンドン可愛さを増し、離れる時はとても辛く悲しいものでした。二年後にはセントバーナードからパグに切り換え、楽しませて貰いました。

 実は、昨年の五月に黒猫の君平(くんぺい)が自動車事故で死んでしまい、捨てニワトリ雌の好多路(こうたろ)も、その頃に狐に連れて行かれてしまいました。  我が家にいた君平と好多路のお陰で、動物の比絞や生態など、子供と観察し、おまけに物語を書く事までできました。最近とても犬が欲しくなり、 どんな犬種にするか思案中です。 動物達は私達を和ませてくれたり、愛する事の素晴らしさを教えてくれますね。


 今回は、春の便りを二回も書く事ができました。 歩絵夢にご宿泊して頂いたお客様に蓼科のようすなどを少しでも伝えたいと思って書き始めましたが.全ての方にお届けする事が出来ませんので、順番に送らせて頂きます。

 さて、今回もこの便りが届いた方々(の友人、知人等もOK)に宿泊の割引を行ないます。 5月15日から有効で8月のお盆は除きます。 (税別です。)
情報やご意見がございましたら、お聞かせ下さいね。
 

 P・ S ちょっと いい所見つけた!
四月の中旬に中山道の奈良井宿に妻と出掛けてきました。 あまり観光化されていない宿場町は、古き日本の家並みが良く保存されていました。資料館になっている櫛屋の中村邸(ここは、うるしの里で日本で最初に櫛に施したそうです)の前で、ふと目をつぶって...、 明日は木曾路で難所の鳥居峠超え、不安を胸に行き交う人々を想像して楽しみました。